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2016.0618

門前仲町にあった深川の三十三間堂跡

6月にはいって蒸し暑い日が多くなってまいりましたよね。皆様如何お過ごしでございますか?今後は梅雨の中休みで猛暑になる地域もでてくるという予報が出されておりますので、熱中症には充分お気をつけいただきたいと思います。

さて先日当ホテル横の富岡八幡宮近辺を散策しておりますと、三十三間堂跡という石碑とレリーフを発見いたしました。三十三間堂といったら京都だと思ってしまったのですが、なぜここ門前仲町にこの石碑があるのか調べていく内に色々なことがわかってまいりました。

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江戸の三十三間堂は京都のものに模して寛永19(1642)に浅草に建立されたそうです。その後元禄14(1701)に現在の跡地に移されました。

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石碑の横にあるレリーフには見事な当時の三十三間堂の建物が浮絵で描かれています。当時どのような建物だったのか興味津々だったので、思わずこのレリーフを見入ってしまいました。

IMG_1460.jpgのサムネール画像

又、ここ門前仲町にあった三十三間堂でも京都同様通し矢がおこなわれていたそうで、石碑の下には通し矢のマークがつけられています。

そしてなんと歌川広重の「名所江戸百景」にも「深川三十三間堂」が描かれておりました。

非常に残念なのですが、この深川三十三間堂は明治5(1872)に破棄解体されたそうです。富岡八幡宮に行かれた際には是非この石碑に立ち寄り、石碑横のレリーフを観賞しながら門前仲町にあった三十三間堂に思いをはせて見ては如何ですか?

富岡八幡宮の大鳥居に向かって右手から2つ目の路地を東方行に行き2つ目の角を左に折れるとすぐに石碑がございます。

"Sanjyusangendo in Monzen-nakacho"

While I was walking around Tomioka Hachiman Shrine, I found a monument and a relief. Sanjyusangendo Ato (Sanjyusangendo trace) was written on the monument. Though Sanjyusangendo in Kyoto is very famous, I was wondering why there was Sanjyusangendo in Monzen-nakacho. In the Edo era, Sanjyusangendo was built in Asakusa which was an imitation of that in Kyoto built in 1642 and it was moved to the current location in Monzen-nakacho in 1701. From the relief, we can easily find out what the Sanjyusangendo in Monzen-nakacho was like. The Sanjyusangendo in Monzen-nakacho was painted by a famous Ukiyoe artist in the Edo era - Utagawa Hiroshige. Unfortunately, it was demolished in 1872. If you are interested, please stop by this monument and enjoy seeing the relief. Go to the second lane to the east and from the Tomioka Hachiman Shrine and make a left at the second corner.

本日のブロガー:J.U.

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