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2020.0621

忠犬ハチ公の碑散策

忠犬ハチ公の碑散策

紫陽花がきれいに色をつける季節となりましたが、皆様、お元気でお過ごしでしょうか。

今回は、毎日、渋谷駅まで飼い主の帰りを迎えに行き、飼い主が亡くなった後も約10年にわたって通い続けたという忠犬ハチ公の碑を散策致しました。

青山霊園入り口517.jpg

■渋谷のハチ公像は有名ですが、忠犬ハチ公の碑はあまり知られていないかもしれません。【青山霊園並木通り】

ステイ入口0606.jpg 外苑西通りから霊園入口方面⇒.0608jpg.jpg

■当ホテルを出て左折し外苑西通りを六本木方面に向かいます。一つ目の信号を左折します。

霊園入り口坂0517.jpg 青山霊園外苑西通りよりstay.jpg

■桜の花は散って右下につつじの花が咲いています。【5月撮影】(左)

■この頃は桜の花が満開でした。【4月撮影】(右)

青山霊園入り口⇒0608.jpg 青山霊園入り口05.jpg

■滑らかな坂道を直進すると青山霊園並木通りが見えてきます。ここを右折します。(左)

霊園入口0530.jpg 霊園ハチ公記念碑入口0609.jpg 

■青山霊園並木通りを左折して東三通りに入ります。

記念碑0608.jpg ハチ公記念碑0609.jpg 

■忠犬ハチ公の碑

青山霊園並木通りを左に入った所に飼い主であった東京帝国大学(現在の東大)農学部の教授・上野英三郎博士のお墓の敷地内に、ハチ公を祀る石祠(せきし)と呼ぶ小さな石のほこらが建てられています。上野博士は愛犬以上に多くの教え子から慈父と呼ばれ大変、尊敬されていた方だったようです。人の心を引付ける魅力のある方だったことが伺えます。人との出会いを考えると、あの人がいてくれたからこそ、成し遂げられた。もしいなかったなら、今の自分はないと考られる事例はたくさんあるようですが、わずか1年4ヵ月程の短い期間でしたが、ハチ公に無常の愛を注いでくれた上野博士がいてくれたおかげで、晩年は誰からも愛される忠犬ハチ公としての生涯を送ることができたのかもしれません。

八公の碑0530小.jpg 八公記念碑0530小.jpg

■犬の種類は秋田犬(あきたいぬ)で、名前はハチ。愛称はハチ公(1923~1935)と呼ばれています。ハチ公は1923(大正12)年12月20日秋田県大館市で秋田犬の大子内山(父)とゴマ(母)の間に生まれました。上野英三郎博士の死後も渋谷駅前で毎日待ち続けたハチの姿を見ていたハチ公の生みの親でもある日本犬保存会会長の斎藤弘吉氏が新聞に投稿したことがきっかけとなり、他の新聞にも記事が掲載されることとなり、人々から親しみをこめて「忠犬ハチ公」と呼ばれるようになります。一躍人気を博することとなりました。1935(昭和10)年3月8日になくなりますが、東京帝国大学で病理解剖後、剥製にされて、国立科学博物館に展示されたそうです。多くの人々に愛されたハチ公の魂は上野博士のお墓の傍で眠っています。当ホテルより徒歩約10分程の青山霊園内にあります。

ハチ公20608.jpg ハチ公像201908-2.jpg 

■二代目ハチ公像(2020年6月撮影) (左)、昨年の今頃は記念撮影の観光客で賑わっていました。(右) 渋谷駅のハチ公口前には2代目「忠犬ハチ公像」が設置されています。初代のハチ公像は戦前にハチが生きている時に彫塑家・安藤照氏によって1934年(昭和9年)に作成されたものですが、その除幕式にはハチ自身も参列したそうです。戦時中に、金属物資が不足した為、1941年(昭和16年)ハチ公像も軍需物資として供出され、渋谷の駅から姿を消してしまいます。戦後の1948(昭和23)年8月に、安藤照氏のご子息の安藤士氏の制作によって二代目ハチ公像が再建されたそうです。忠犬ハチ公の飼い主への忠誠心や亡き人を思い続ける姿に涙を誘われます。最近はペットブームで人間と愛犬の良き絆作りが深まっているようですが、人との繋がりが希薄になっている現代社会の中で、人と人との信頼関係や絆が少しでも良い方向に向かえばいいですね。

東京は梅雨入りしたようです。このコロナ禍を3蜜にご留意されてまして、どうかお健やかにお過ごし下さいませ。

東急ステイ青山プレミアのご利用お待ち申し上げております。

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