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2019.089

外苑前散策・宗丹木槿が咲いていました。

寝苦しい夜が続いています。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

今回は外苑前銀杏並木の近くに咲く宗丹木槿を散策致しました。

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■木槿は千利休の孫の宗旦(1578-1658)が好んだ花で、宗旦木槿と呼ばれています。茶花として冬は椿、夏は木槿と言われるように夏に重宝される花だそうです。木槿は花弁が白く、花蕊(カズイ)に近い箇所が赤い底紅(そこべに)になっています。

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◆外苑前銀杏並木の通り入口【青山通り】

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◆外苑前銀杏並木の通りの直ぐ横の通りに白とピンクの木槿の花がひっそりと咲いていました。

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■木槿(ムクゲ)は茶道では夏の茶花として使用されます。またあまり横に根が広がらないので、狭い場所に植えられ、新しい枝が次々と枝分かれするため、庭の垣根に利用されることもあるそうです。木槿(ムクゲ)の花言葉は「信念」「新しい美」だそうです。

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■宗旦ムクゲ(木槿)は1日花と呼ばれ、挿し木で簡単に増えます。朝に咲いて夕方にはしぼんでしまうそうです。

『道野辺の木槿は馬に食われけり 』(松尾芭蕉)

■千宗丹は父が千利休の後妻(千宗恩)の連れ子の千少庵という人で母は利休の娘のお亀という女性との間に生まれています。家督相続争いを回避するために、幼くして大徳寺に預けられ禅を学んでいます。利休の死後、豊臣秀吉から没収された利休の茶道具は利休の孫の宗旦に返却されます。千家が再興すると還俗し、隠居した父・少庵の家督を継いだのですが、政治との関わりを避け、生涯仕官せずに茶の道に専念しています。宗旦の茶風は利休の「わび茶」をさらに徹底させますが、清貧を極めたそうです。しかし息子の仕官には積極的に活動しています。長男の宗拙は仕官を辞したため宗旦から勘当されています。四男の宗室は加賀藩に仕官させています。次男の宗守を高松藩主松平家、そして三男の宗左を紀州徳川家に仕官させています。この三人の子供たちは武者小路千家(次男)、表千家(三男)、裏千家(四男)をそれぞれ興しています。茶道の所作の動きの美しさは心の現れだと言われています。いかにして心を磨き、その素直な気持ちが手前に現れるかを追求された千宗旦という人物の人生に心惹かれてしまいます。

まだまだ厳しい暑さが続きますが、楽しい夏をお過ごしください。

m(_ _)m

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