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川柳の原点・『誹風柳多留発祥の地』散策

2017/05/20 

 

川柳の原点・『誹風柳多留発祥の地』散策

 

 新緑の青葉が繁れる季節を迎え、皆様、お変わりございませんか。先日、上野に出かけたおり、上野公園階段横のモニュメントに目が留まりました。場所は京成電鉄上野駅正面口を出て、中央通り沿いの上野公園入り口の階段すぐ横に川柳の原点 誹風柳多留(はいふうやなぎだる)発祥の地の記念碑が建っています。以前は無かったのですが、碑文を読んでみると平成27年8月に建てられたようです。

 

柳樽.jpg

碑文には

「川柳は江戸時代に江戸に生まれた17文字の庶民文芸として今日に伝わっております。川柳の名称は宝暦7年(1757)に浅草新堀端にはじまりましたが明和2年(1765)7月呉陵軒可有という人が初代川柳評の前句付万句の勝句(入選句)から17音の対句のみで鑑賞でき、深い笑いのある句を選び今日(川柳の原点)ともいわれる"誹風柳多留"を刊行しました。このことにより川柳は17音独立文芸として確立され、のちに全国へ広がっていきました。この付近には誹風柳多留の版元・星運堂(花谷久次郎)があり三代にわたり『誹風柳多留』を通じて(川柳風)の隆盛に貢献、川柳を『江戸文芸』の一つまでに育てました。『誹風柳多留発祥』の地は『文芸川柳発祥の地』でもあります。記念碑の『はねのあるいいわけほどはあひる飛ぶ』の句は『木綿』と号した誹風柳多留の編者、呉陵軒可有の作です。」

平成27年8月 柳多留250年実行委員 と記されていました。

石碑には『孝行をしたい時分は親はなし』また樽には『はねのあるいいわけほどはあひる飛ぶ』と記されています。樽の上にいる黄金色の鳥はあひるのようです。川柳が誕生したのは今からおよそ250年前、江戸時代の浅草からはじまりました。与えられた課題に対して考えて五七五の句で応える17音独立文芸に高めたのが柄井川柳という方です。この方は川柳の選者で後に川柳と呼ばれる由来となった人物でもあります。初代の柄井川柳が生きていた形式的な川柳の時代を古川柳、文化年間以降の狂句時代、明治中期以降に作られた新川柳の時代に分けられ、深い歴史があるようです。

最近はサラリーマン川柳、女子会川柳、公募川柳等が盛んで、一般の人たちも川柳を作るようになっています。川柳は日々進化続けています。俳句には季語や切れ字が必用で、主に文語自然を対象に詠むことが中心です川柳では、人間模様や社会風刺等を口語で詠まれます。川柳は社会の底辺にいる民衆が権力に抵抗するための手段であったようです。何かを通して人生の機微に触れ、感じて、考えて、想像してみることは、笑いとペーソスの人生模様に共感出来る感性が磨かれる瞬間かもしれません。慈しみと優しさに溢れた生き方、嫉妬と猜疑心に満ちた思考、清濁併せ呑む人生、川柳の歴史に、作品に思いを馳せて、何かを感じてみるのはいかがでしょうか。

それでは、風薫る五月、どうぞお健やかにお過ごしくださいませ

お客様のお越しを心からお待ち申し上げております。

 

                           m(_ _)m

 

(S.S)

 

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