Room with a View - 春から縁起のいいランニングコース
36,000人のランナーが東京を駆け巡り、沿道に詰めかける観客は100万人を越えるという
「東京マラソン2011」まで、あと一か月程。
神宮外苑、赤坂御用地周辺だけでなく、青山界隈を走るランナーも数多く見受けられるようになりました。
そこで、ちょっと縁起のいいランニングコースをご紹介。
Warm Up in Aoyama
東急ステイ青山プレミアの渋谷側の部屋から、青山学院大学と國學院大學が見えているのにお気づきでしょうか。
まずは、南青山3丁目の交差点から青山通りを渋谷方向に。
途中、Francfranc青山店を過ぎれば、Itokin、Samantha Thavasaのビルボードに挟まれた表参道交差点に。
その先、三角のルーフトップのビルが青山学院大学正門横の総研ビル(14号館)。
右手に国連大学、青山劇場、こどもの城が見えたら、青山学院大学の外壁沿いに左折。
正面に見えてくるこれも三角のルーフトップのビルが國學院大學。
六本木通りにでたら、また左折。正面に青山トンネル、その奥には六本木ヒルズが。
青山トンネルの上は、青山学院初等部。
トンネルを出て、坂を下りたら、渋谷4丁目交差点。ここを右折。
Coca Colaの本社ビルを右手に見て、坂を上ります。
この先の森は、常陸宮邸。そのため、この界隈は、警備も厳重、安心して走れます。
道なりに進むと、青山学院初等部に実践女子学園高校。すぐに、國學院大學若木タワーに到着。
ここまで、およそ2.5km。歩いても30分程です。
帰りは、常陸宮邸の正門前から、六本木通りへ。
南青山7丁目交差点を横断、根津美術館の横を抜けて帰ってくることもできます。
では、なぜ、このコースは縁起がいいのか。
それは、お正月の箱根駅伝。早稲田の優勝とともに話題となったのが、シード権争い。
青山学院大学が 9位、國學院大學が10位で、ともに来年の箱根駅伝のシード権を獲得。
これは、地元にとって、まさに快挙といっていいほど、おめでたいこと。
なかでも、國學院大學の最終走者は、コースを間違え、一時はシード権圏外に順位を落としながら、
ゴール直前、わずか3秒差で最後のシード権を獲得したという劇的な幕切れ。
そう、人生何が起きるかわからない。けれど、最後まであきらめなければ、必ずいいことはあります。
東京マラソンの制限時間は7時間。少し不安な方には、まさにおススメです。
Text by T.Minobe
Room with a View - Fly me to the New Year
かつて、表参道のシンボル、山陽堂書店のビルから、品川沖が見えていたといわれています。
現在の東急ステイ青山プレミア渋谷側の部屋からは、さすがに海は見えませんが、
品川駅港南口に並ぶ高層ビル群を見ることはできます。
2011年の幕開け、早朝、朝日に照らされる品川のビル群。
(右端、高輪台のタワーマンションの奥に重なるのが品川プリンスホテル、まるで日の出のように輝くのが、品川駅港南口のビル群、
左手前の光を浴びた白いビル、ビールの広告ビルボードあたりが西麻布交差点、1414号室からの眺め)
さらに、視線を左側、芝浦の高層ビル群に向けると、24時間空港となった羽田に向かう飛行機が。
2011年、青山は記念すべき素敵な年を迎えます。
祝 生誕100年、青山の三賢人
100年前、明治44年(1911年)、現代の日本に確かな足跡を残した偉大なる人物が生まれています。
青山の顔といえばこの人、日本が世界に誇るアーティスト、岡本太郎。
ファッション、カルチャー、お手本はすべてVANにありました。
VAN TOWN AOYAMA、VAN Jacketの創始者、石津謙介。
日本陸軍の頭脳、大本営作戦参謀、晩年は伊藤忠商事会長として、
昭和という時代形成に深く関わった瀬島龍三。
なかでも、岡本太郎生誕100年記念イベントは盛りだくさん。詳しくは、TARO100祭で。
Text by T.Minobe
Room with a View - 東京スカイツリー 2010
富士山は日本一の山。
高さ日本一のタワーといえば、東京スカイツリー。
完成は、2012年春。建設中ながら、すでに、東京の新名所となりました。
2010年3月、333mの東京タワーの抜き、さらに500mを越えたとき、
東急ステイ青山プレミアの高層階からも、その姿が見えるようになりました。
(正面、青山一丁目駅直結、青山ツインタワーの奥にそびえる東京スカイツリー、左端は、赤坂見附のホテルニューオータニ・ガーデンタワー、
手前の青山通りのワールド南青山ビル、ホンダ本社に重なるのが、もうすぐお別れ グランドプリンスホテル赤坂)
The Coolest Place of The Year
東京スカイツリー建設地は、東武伊勢崎線業平橋駅と押上駅との間。
外苑前からは、青山一丁目で半蔵門線に乗換、押上に向かうのが最短。
けれど、日本一古い地下鉄銀座線で、浅草まで行き、
そこから東武線で隅田川を渡り、業平橋に向かう方が趣があります。
業平橋は、平安時代の歌物語、伊勢物語の主人公といわれる在原業平に由来する名。
それが、2012年には、とうきょうスカイツリー駅に変わり、駅の外観、雰囲気全てが一新されます。
やはり、東京は、世界に名立たる変化の絶え間ない都市。
とはいえ、この界隈、変わらないものもたくさんあります。その一つが、隅田川。
あかちゃけた粘土の多い関東平野を行きつくして、東京という大都会を静かに流れる隅田川。
その川は、海という大きな神秘と絶えず直接の交通を続けているため、生きて動いている。
本所両国育ちの芥川龍之介は、そのゆく先に、無始無終にわたる永遠を感じていました。
凡て世の中の物は変ずるといふ側から見れば、刹那々々に変じて已まない。
併し、変じないという側から見れば、万古不易である。 by 森鴎外
東京スカイツリー周辺は、新しいもの、変わらないものであふれています。
Text by T.Minobe
Room with a View - 青山から見る富士山 2010
ふりかえると、山がある。
そんな街で生まれ育った人が、東京に来て最初に驚くのが、
ふりかえっても、山がないこと。
日本の国土の2/3は山地、しかも傾斜が急で海岸にせまっている。
関東地方は日本最大の平野。
けれど、高い建物がなかった頃、東京でも高台に上がれば、山は見えていました。
それは、日本一の山、富士山。
東急ステイ青山プレミアのエレベーターホールからの眺め、手前の時計台は、東京大学駒場キャンパス。
左奥の屋上にアンテナのビルは、世田谷区砧の高台にあるNHK放送技術研究所。円形の橋は、世田谷通り、多摩川水道橋。
Go West - 旅人は西をめざす
19世紀、アメリカ東海岸の都市、ワシントンやニューヨークで、
"Go West、young man"、西には理想郷があるといわれていたころ、
江戸の人たちもまた、西を目指していました。
江戸の街、いたるところから見えていた富士山。
"富士山に登れば、幸せになれる"といわれ、当時、大流行にもなった富士詣。
その途中にある、形が少し富士山に似ている大山を詣でる人も、また数多くいました。
そんな旅人が、江戸赤坂門から歩いたのが、今の国道246号線。
青山通り、その先、渋谷からは玉川通り、多摩川を越えると厚木街道と名を変えますが、
かつては、大山道と呼ばれていました。
赤坂門は、江戸城の外堀に配置された見附、江戸城警備のための城門。
今でいえば、出国審査ゲート。ここを出るだけでも、開放感に溢れていたのではないでしょうか。
近くに溜池もあった赤坂見附は、谷底の地。大山道は、いきなり上り坂から始まります。
室町時代創業の虎屋本店を過ぎ、ようやく坂を登りきると青山の高台へ。
目前には、東急ステイ青山プレミアから見えるような勇壮な富士山の姿が現れる、
青山一丁目から外苑前あたりが、青山通りでも一番高いところ。
旅人の心は、さらにときめいたことでしょう。
年末年始、青山から見える富士山が一番美しい季節を迎えます。
早朝、うっすら赤みを帯びた富士山、右は、その30分後。1414号室からの眺め。
Text by T.Minobe
街はイルミネーション - 神々の微笑
街は、Autumn Leaves から、Old Winter's Songs へ。
東京では、いたるところで、クリスマス・イルミネーションを楽しめます。
かつて、天空にきらめく光を見て、バルタザアルはこうつぶやきました。
「この星の下に生まれたものは何という幸福だろう」
表参道イルミネーション2010。 今年も、表参道が光につつまれます。
Christmas Lights & Three Wise Men from The East
クリスマス・イルミネーションは、プロテスタントの創始者となるマルティン・ルターが
冬も枯れることのない緑豊かな森に、美しく輝く星を見て、
常緑樹であるモミの木に、ロウソクを飾ったのが始まりといわれています。
その昔、エチオピア王バルタザアルは、シバの女王バルキスに恋をしました。
気ままな女王バルキスの行動に翻弄され、危うく命を落としそうになっても、
バルキスが他の男の元に行ってしまっても、まだ、その想いを断ち切れない。
そんな時、星がバルタザアルに語りかけます、「まことの幸福は幸福をすつるにあり」
星の言葉、それは、人間の智を絶した聖なる真理。
バルタザアルは、楽欲に克ち、没薬を携え、星の導く方に旅立ちます。
旅の途中で、二人の王と出会います。
若き王、ガスパアは、虐行に克ち、黄金を携え、
老齢の王、メルキオルは、驕慢に克ち、乳香を携えています。
かくして星に導かれた三人の賢人は共に旅を続け、ベツレヘムの小さな家に着きます。
そこには、小児が母のマリアと共にいました。
三人は、その幼な児を礼拝し、聖書にあるように、黄金と乳香と没薬とを捧げます。
アナトール・フランスの小説 "バルタザアル"より、東方の三賢人にまつわるお話。
クリスマスが休日でない国で、こんなにもイルミネーションが輝くのは日本くらい。
でも、それが日本。中国から漢字を教わり、そこからひらがなを作った国。
インドの仏教から、禅の境地を開いた国。
明治維新もそう、造り変える力、それが日本の源です。
今年の表参道イルミネーションは、明治神宮鎮座90年記念。
「90万の光の下で幸福を感じる」、寛容の国、日本。光は、人の心を和らげます。
Text by T.Minobe
The Autumn Leaves of Gold - 枯葉の街、青山
ふだんの土日、地下鉄銀座線外苑前駅、赤坂見附方面の改札口は、人もまばらな静かな場所。
そこから、続々と人が降りて来て、皆、同じ方向へ。青山通りを列をなして進んでいく。
そして、明治神宮外苑、Golden Avenueに感嘆の声をあげる。
11月最後の週末、外苑のいちょう並木、すっかり色づいてきました。
いちょう祭りは、12月12日(日)まで続きます。
Aoyama South of The Border
青山を北と南にわけるSouth of The Border、青山通りを渡れば、南青山、青山霊園に。
こちらは、The Autumn Leaves of Red and Goldの世界が拡がります。
人通りも少ないので、落ち葉を踏む音が心地よく響きます。
と、神宮外苑、青山界隈を散歩していると、村上春樹を想い起こす人もいるのではないでしょうか。
1978年、29歳の村上春樹は、神宮球場の外野席で、ヤクルト・スワローズ vs 広島カープの試合を観戦。
その時、ふと、「僕は小説家になるんだ」と悟ったと、あるインタビューで語っています。
その年は、ヤクルトが球団創設29年で初めてリーグ優勝。その開幕戦での出来事でした。
青山霊園は、村上春樹の作品、「国境の南、太陽の西」に登場します。
物語の主人公は、青山で人気のJazz Barを経営していました。
彼の寝室の窓からは青山墓地が見えた、とあります。
午後三時すぎ、主人公は、窓際の椅子に腰をおろして、長い間その墓地をじっと眺めます。
東急ステイ青山プレミア赤坂側の部屋の窓際の椅子からも同じような光景を眺めることができます。
村上春樹といえば、「ノルウェイの森」に代表されるように、物語に音楽がつねに流れています。
「国境の南」も、ハープ・アルパート&ティファナブラスがヒットさせたポピュラー・スタンダードの楽曲名。
物語では、ナット・キング・コールが歌う「国境の南」が、何度か遠くから聞こえてきます。
え、ナット・キング・コール? そう、フランク・シナトラの歌う「国境の南」はあっても、
ナット・キング・コールが歌う「国境の南」のレコードなんて存在しない。
この事実を踏まえて、「国境の南、太陽の西」を読むと、さらに味わい深いものになると思います。
物語に登場するJazz Barの名前はRobbin's Nest。これも、エラ・フィッツジェラルドでおなじみの楽曲名。
東急ステイ青山プレミアの目の前にあった、村上春樹も通ったといわれる Bar Harcourtは、
残念ながら、2年前に閉店してしまいましたが、外苑西通り界隈には、今も洒落たBarはいくつもあります。
Barじゃ、本は読めないというのなら、村上春樹もお勧めのCoffee Shop, 青山通りの大坊珈琲店へどうぞ。
ちなみに、村上春樹はいつも3番の濃さで飲んでいたそう。お試しあれ。
Text by T.Minobe
神宮外苑の秋、いちょう並木ができた頃
いちょう祭りとともに開幕した明治神宮野球大会は、早稲田大学の優勝で幕。
今年は、明治神宮鎮座90年の記念の年。その記念大会で胴上げ投手となるのですから、
やはり、斎藤佑樹投手は、何か持っているとなるのでしょう。
神宮での想い入れの深い戦いとともに、外苑のいちょう並木も、かなり色づいてきました。
噴水池近くは、もうすっかり黄色くなってきました。
秋深し、青山を揺るがせた大事件
1920年(大正9年)、明治神宮創建、その3年後に、神宮外苑いちょう並木が完成します。
当時、青山通りには、すでに都電が走っていましたが、青山といえば、青山霊園。
赤坂区青山南町(今の南青山)界隈は、野原ばかりで人家は少なく、万緑の樹木で囲われ、
笄川(こうがいがわ)周辺のことでしょうか、谷間には田と畑が広がっていたといいます。
そんな場所に、誰もが驚く、洋風のまさに威風堂々とした建築物がありました。
その名は、青山脳病院。(山形の斎藤茂吉記念館で、その壮観な姿を見ることができます。)
日本を代表する歌人、斎藤茂吉が後に院長となる精神科の病院。
斎藤茂吉の二男、北杜夫の小説、「楡家の人びと」に登場する病院といえば、わかる方もいるでしょう。
その青山脳病院で、いちょう並木完成の翌年(1924年)、大事件が起こります。
失火により全焼。305名の入院患者のうち、20名が死亡。
規模の大きな精神科の病院だっただけに、まさに大混乱だったのではないでしょうか。
その後、青山脳病院は、世田谷に移転しますが、焼け跡に分院は残ります。
そこに通っていたのが、芥川龍之介。
芥川龍之介の遺稿、「歯車」には、分院となった青山脳病科病院が登場します。
仕事場としていたホテル(帝国ホテル)から、タクシーで或精神病院へ向かうのですが、
青山通り、神宮前(今の表参道)まで来たものの、なぜかその日は、病院へ曲がる横道がわからない。
車を降り、ようやく見つけたぬかるみの多い道を曲がっていくと、いつか道を間違え、青山斎場の前へ出てしまう。
そこで、自分の人生も一段落のついたことを感じ、1927年、斎藤茂吉からもらった睡眠剤を大量に飲んで自殺する。
誰よりも衝撃を受けた人が、ここ青山にいました。
青山脳病院跡、今はマンションになっていますが、
斎藤茂吉の歌碑は残っています。
その先は、紅葉も見ごろな青山霊園。坂を下れば、青山斎場。
表参道から朦朧として歩いていた芥川龍之介の足跡も辿れます。
写真左は、東急ステイ青山プレミアのロビーから見える青山霊園。青山斎場は樹木に囲まれ見えません。その先、赤坂アークヒルズ、東京ミッドタウン、東京タワーと続きますが、90年前は、この辺り一面が樹木におおわれていたのではないでしょうか。
いちょう祭りの帰り道、1920年代、大正から昭和初期の青山南町に想いをはせてみてはいかがでしょう。
Text by T.Minobe
Last Game at Jingu Stadium - 明治神宮野球大会開幕
11/3(祝)、太陽祭の日。Midnight at The Oasis 西麻布に朝から人が集まってきた頃、
明治神宮外苑はスゴイことになっていました。
東京六大学野球、早稲田 vs 慶応、50年ぶりの優勝決定戦。
チケットを求めて、神宮球場には朝から長蛇の列。もちろん、Sold Out。
お隣、国立競技場では、Jリーグ、ナビスコカップ決勝。磐田 vs 広島。
サポーターを乗せたバスが続々と到着。こちらも、ほぼ満員。
さらには、その日、秩父宮ラグビー場では、大学対抗戦も。早稲田 vs 帝京、慶応 vs 明治。
10万人もの観衆が、それぞれの熱戦に興奮した1日。
ここに、ヤクルトの日本シリーズが加わっていれば・・・、(来年はガンバレ!)
と、神宮には縁のなかった日本シリーズも、千葉ロッテの優勝で幕。
これで、今年の野球は終わったなと思っているあなた、まだまだ、あります、見逃せない戦いが。
- 明治神宮野球大会 11/13(土) - 11/17(水) 明治神宮野球場、神宮第二球場
- 神宮外苑いちょう祭り 11/13(土) - 12/12(日) 神宮外苑いちょう並木噴水池周辺
レギュラーシーズンの早慶戦。1勝すれば優勝といわれていた早稲田が、まさかの連敗。優勝決定戦に。それが、平日ではなく、祝日に開催されるという偶然。
空席もあった早慶戦では、あっさり負けた斎藤佑樹投手でしたが、超満員の優勝決定戦では、あわやノーヒットノーランの快投で、優勝。
"斎藤佑樹は何か持っている"と、あらゆるメディアが語っていたとき、"その何かとは、仲間だと確信した"と答えた斎藤佑樹投手。これにはメディアも唸った様子。
その早稲田大学が出場する第41回明治神宮野球大会。斎藤佑樹投手1年の時は決勝で、2年の時は準決勝で敗れ、昨年は六大学優勝を逃し出場できず。今年こそ優勝、と思っているのではないでしょうか。
明治神宮野球大会は、11/13(土)に開幕。そして、その日、神宮外苑いちょう祭りもスタートします。
いちょう並木、現在の色づき状況はこんな感じ。
Take Me Out to The Ball Park & Autumn Festival in Ginkgo Avenue.
今年は、明治神宮鎮座90年の記念の年。お見逃しなく。
Text by T.Minobe
昼間から西麻布 - 11/3(祝)は、西麻布太陽祭 '10
外苑西通り、東急ステイ青山プレミアから左に、坂を下りていけば、すぐに西麻布。
15分もあれば、西麻布交差点角、オーガニックカフェTeTeSに到着。
まわりには、Monsoon Cafe、ZEST Cantina、Cafe La Boheme、加えて権八と揃い踏み。
のんびり散歩がてら歩くのに、ちょうどいい距離です。
車の多い外苑西通りを避け、ホテルの正面、リビエラ・ビル横の裏道へ。
右へ左へとゆるやかに蛇行していく道、そう、ここは、かつて川が流れていました。
笄川、"こうがいがわ"と読みます。
やがて、目の前には、根津美術館から乃木坂に抜ける青山陸橋が。
この先が西麻布2丁目、人通りは少なく、鳥のさえずりが聞えるほど、静か。
古い建物が多く、とても都心とは思えない、のどかで、どこか懐かしい雰囲気が漂っています。
そんな旧笄川沿いには、知る人ぞ知る隠れ家のようなお店がたくさん。
なかでも、西麻布2丁目界隈は、レストラン、Barの宝庫。
でも、どうやって探せばいいの・・・、そんな人たちに絶好のイベントがあります。
- 日時: 2010年11月3日(祝) 11:00am ? 日没まで
- 場所: 西麻布1丁目、2丁目界隈
- 徒歩での行き方: ホテル正面玄関から、外苑西通りを左へ、のんびり15分程
- バスでの行き方: ちぃバス青山ルート「六本木ヒルズ行き」
南青山3丁目交差点前(ピーコック正面)から乗車、西麻布で下車 9分 料金100円
(左:青山陸橋下からの眺め。右は立山墓地。この先に以前(2010年1月)裏道ランニングコースでご紹介した康申塔があります。)
(右: 反対の六本木通り側からの眺め。右側の道が旧笄川だったよう、今は朝日通り。左が夕日通り。)
西麻布といえば、最先端の街というイメージ。ですが、一歩裏に入れば、上の写真のような街並みもあります。
そして、Barだけでなく、Cafeも深夜まで開いているMidnight Town。
裏道には、まさに隠れ家、オープンが20時頃で、明け方までやっているお店がいくつも。
お客さんが続々と集まってくるのが、午前2時過ぎ。それが、普通。
朝6時頃が、一番混んで賑わっている、そんなお店もあります。
と、ふだんは、夜しか開いていないお店が、毎年11月3日に限って、昼間からオープンします。
それが、西麻布太陽祭。いつもは寝ている店主たちが、この日は朝から活動開始。
今年は、西麻布1丁目、2丁目界隈の40店舗が参加します。
それぞれ、いつものメニューにはない、太陽祭限定のおススメの品々を揃えます。
もちろん、すべて、お昼のお手頃価格。誰でも、自由に気軽にのぞけます。
フリーマーケットもあれば、占いコーナーもあるかも。スタンプ・ラリーもあります。
初めての人、大歓迎。
常連ばかりで、少し腰がひけるかと思いきや、皆、気さくな人ばかり。
みんなに楽しんでもらう、とともに、自分たちも楽しむ、
個性的なお店の人たちが、毎年、心待ちにしているお祭りです。
目印は、太陽祭ロゴのフラッグ、参加40店の店頭に掲げられます。
Text by T.Minobe
Bicycle Town Aoyama - レンタサイクルでGo!
青山は自転車に優しい街。今年もやります。RIDE AOYAMA 2010。
10/31(日)、青山まつりのイベントとして、いちょう並木、神宮外苑サイクリングコースで、
誰でも参加できる最新モデルの自転車試乗会が開かれます。
裏道に洒落たお店の多いこの界隈。自転車でまわれば効率もよく快適、ecoで健康にもいい。
と、雑誌などで、よく特集が組まれたりしていますが、
実際、地元住民を除いて、青山まで自転車で来れる人なんて、そうはいません。
そこで、いつでも気軽に借りられるレンタサイクルはないかと探してみると、渋谷区恵比寿で発見。
外苑前から恵比寿へは、地下鉄で渋谷へ、山手線に乗り換え一駅。ちょっと遠いとお思いでしょうが、
まずは、JR恵比寿駅へ。ここに、渋谷区が運営する恵比寿駅東口自転車駐車場があります。
ここで、レンタサイクルもやっています。しかも、1回 200円。(台数に限りがあるので、要注意!)
Go by Bicycle from Ebisu
まずは、恵比寿駅東口自転車駐車場から、線路沿いに渋谷方向へ。
すると大きな通り、駒沢通りに出ます。ここを右折。JR山手線の高架を背にして直進します。
上の写真が、青山への近道、駒沢通り。明治通りとの交差点、渋谷橋歩道橋からの眺め。
写真では、わかりづらいかもしれませんが、なだらかな坂道が続きます。
坂の途中には、なんと、ダビデ像が・・・。Papas Companyのビルのよう。Papas Cafeもあります。
坂を上りきると、左に広尾高校、右に開館一周年を迎えた山種美術館。
1FにはMuseum Cafe 椿。骨董通り、菊家の和菓子が味わえます。
ここまで、恵比寿駅から歩いても、わずか10分程度の距離ですが、上り坂なので、ちょっと休憩。
駒沢通り、この先は、下り坂。
青山通りや六本木通りに比べると、車の量は少なく、
自転車は快適に走れます。坂を下ると、東4丁目交差点、
閑静な住宅街、人通りも多くありません。
左側にひろがる森は、常陸宮邸。その先には、
白根記念郷土博物館、國学院大学と続きます。
右側には、東京女学館、日赤医療センター。
そのまま真っすぐ進み、もう一度、坂を上ると、
六本通り、南青山7丁目です。














